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喉を撫でると、普段と変わらぬ滑らかな感触が返って来た。
周囲に満ちるのは静寂。殺意と暴力の跡など残滓も残さず消えて失せ、地に落ちた矢と三つの死体が転がるだけだ。
死体は三人。殺害目的は自衛の為。いつもの通りの他愛ない日常。
尽きる事の無い欲望は、どんな時代においてもこの身を求めるというのだろうか。飽く事を知らない彼らは、一体どんな思いでこの私を求めるというのだろう。
自問し、自嘲した。
―――そんなもの、決まっている。
人間はいつだって、何も考えていやしないのだ。

歌姫の褥 断片の二

キュトスの姉妹、あるいは魔女。
伝承に語り継がれる忌まわしき不死の怪物共。
あるものは異形、あるものは悪女、あるものは狂女。
その中で、悪魔と呼ばれた九人の姉がいる。
歯向かうもの、姉妹に近づくものを皆殺し、視界に入る人間を喰らい貪り嬲り地獄より恐ろしい地獄を見せつける魔女。
カタルマリーナは、その姉妹の三女にあたる。
「歌姫」カタルマリーナ。
なんの捻りも無い、そのままの名前だ。
早い話が歌うたい。喉を震わせ詩を音に乗せ、高らかに歌い上げる美貌の姫君。
伝承に語り継ぐ所によれば、その美声、その旋律は聞く者全てに畏怖を植え付け、その心を魅了して廃人にするという。
無論伝承、他愛の無い言い伝えでしか無い。

当然のことながら、彼女の歌はそんな生易しいものではない。
彼女の【声】は脳を犯し耳朶を狂わせ、彼女の【言葉】は髄を磨り潰す。
そして、【歌】を聞いたものは悉く彼女の道具と化す。
声帯狂いのカタルマリーナ。
彼女の口は、そして喉は、呪われている。

死体を見下ろす。感慨は無い。感傷も同情も疾うの昔に置いて来た。今更殺した相手に対する感情など湧きあがろう筈も無い。
瞑目して余計な感覚を遮断する。聴覚を研ぎ澄まし、周囲の気配を探る。
彼女の耳は四方に遍く全てを捉える超聴覚を持つ。羽虫が飛び立つ音ですら逃さぬその耳は、姉妹の中でも屈指と呼ばれるものである。
周囲に人間の気配は感じられなかった。
安心して警戒を解く。死体を片付けなければならない。
手間がかかる仕事にうんざりしながら手を伸ばした時、背後から声がかかった。
「はいはいストップ95。姉様がそんな汚いもので御手を汚すなんてボク耐えられないので代わってくださいますか47?」
突然の出現だった。
予兆も移動の物音も一切しない、文字通りの瞬間移動。
自分を姉様と呼び、尚且つこんな真似ができるのはただ一人。
腹に力を込め、甲高い声で誰何する。
「ワレリィ?」
「お久しぶりです68。マリー姉様70」
振り向いた先に、見慣れた妹の姿があった。

短く切り揃えた髪を撫で付けながら、ワレリィは死体を見下ろして、「あー、えぐいですね44」とのたまった。
右手を死体に翳し、短く何事かを呟いた瞬間、三つの死体は音も無く消滅した。
否、厳密には、何処かへ移動したのだろう。
【扉】。
それが、ワレリィに与えられた能力。
地点間の位相を紀子化し、揺らぎ状態となった座標を数法術式で操作して空間に【扉】を作成する。
【扉職人】と呼ばれる技能者は、つまるところ瞬間的な物質の移動を可能とする。
今の現象も死体を扉によって異相空間に送り込んだだけのことであり、さして異常な現象というわけではない。
ないのだが、やはり感嘆せずには居られない。
「相変わらず大した腕ね。速度だけなら大陸随一じゃないかしら」
自分の甲高い声は耳障りではないだろうかと思いながらも、賞賛せずにはいられなかった。
「や、そうですかー55? 照れますよー37」
本心なのか、頬を薄く染めて頭を掻き掻き彼女が言う。
男の子みたいな容姿だ、といつもながらカタルマリーナは思う。
短い髪に、細い手足。凹凸の少ない身体に、丸みの少ない面差し。少年然とした雰囲気と一人称の所為で男だと間違われることもよくあるらしい。
もう少し着飾れば良いのに、と思うのだが、それを言うと自分はどうなのだと反論されるに決まっているのでやめておいた。
姉妹らは基本的に服飾には無頓着なので―――何せ悠久の時を生きているのだ、流行なぞ走流の様に変わる―――中々言い出せないのだが、それでも誰か一人ぐらいおしゃれをしてみせる妹がいないものかと思うカタルマリーナである。
ワレリィは腕を一振りし、飛び散った血痕を含めて消し去った。
ふと、その眦が硬く上がる。元々垂れ目気味の彼女だが、この表情をした時は真剣になった時だ。
「時にマリー姉様3。そろそろ戻ってきては如何でしょう1」
「どうして?」
惚けた。やりすごせると思ったわけではないが、反射的に無駄な反論をしてしまうのは彼女の癖だ。
「今の私たちが置かれている状況をご存知でしょう7?
貴方の力が、必要です9」
「その話なら断った筈だけれど」
素気無く言い放つと、ワレリィから目を逸らす。強い意志が込められた彼女の青い瞳が嫌いだった。気圧されるから。
「私は出来るならば誰とも関わりたくないしどんな戦いだってしたくないの。 現在だってほら、貴方と会話するのに口を使えない」
甲高い音は、腹話術によるものである。
破裂音を出す事が出来ないので多少不便だが、直接声を聞かせて相手の脳を破壊するよりはましだ。
裏声を使うという手もあるのだが、相手が気を抜くと発狂する恐れがあるので使えなかった。
「そんなことを言っていられる状況ですか4!姉妹の一人が実際に食われているというのに・・・」
「そうね。可愛そうなシャーネス。一応デーデェイアに祈っておこうかしら?」
絶句した気配が伝わってきた。
当然といえば当然だろう。
カタルマリーナの台詞は、三女として―――守護の九姉としてあるまじき言葉だった。
それでも構わない―――そう思う。言葉を連ね、ワレリィに突き立てて行く。ナイフの如く。純粋に、彼女の言葉は凶器を超える武器であるが故に。
「いいかしらワレリィ。ティーアードゥに誓って言うけれど、私は決して悲しんでいないのでは無いし、怒りを感じていないわけではないのよ」
横目で見た少女は、小柄な体躯を震わせて、小さな拳を握り締めていた。
「ただね、私は。私は、貴方達妹より、己が身体がいとおしいだけなのよ」
言い放った瞬間。
ぱんっ、と乾いた音がして、思いのほか強い衝撃がカタルマリーナを打った。
とすんと尻餅を着いて、横を見れば其処には既に誰もいない。
呆けながら熱を持った頬を擦る。やはり男の子みたいだな、とどうでも良いことを思いながら、カタルマリーナはそこに座り込んでいた。
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