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「歌はいいものだヨ。人が用いる最も普遍的な文化である音と、最も汎用的な文明である言葉の融合。ウン、まさに人間の叡智の集大成と言っても過言ではないネ」
自分の横に座るみすぼらしい少女を横目で見つつ、カタルマリーナは『口を開いて』言葉を返した。
「私もそう思うわ。 けれど、私は人じゃない」
「それでも歌は尊いよ」
「でも、」
反論しようとした口を、細い指で塞がれた。少女は片目を瞑って、
「でもは無シ。理屈はただの虚飾ダヨ。大事なのは衝動と欲求」
少女の諫言は的を射ているようでいて微妙にずれたものだったのだが、不思議にカタルマリーナの胸に温かく浸透していった。
「そうね。 そういう風に考えるのも、いいかもね・・・」
カタルマリーナは、しばし逡巡して。
そっと、息を震わせた。
歌姫の褥 断片の四

少女の名を、リグリィと云う。
薄布を纏っただけの矮躯に、薄汚れた髪の毛。黒ずんだ肌に大きく突き出た前歯。お世辞にも美しいとは言い難い少女だったが、不思議とその姿には愛嬌があった。
彼女は、耳が聞こえないらしい。
リグリィの言葉はところどころのアクセントや発音が狂っているが、それは長く聴覚を無くしていたからだという話だ。最も、耳が聞こえない状態であれだけ話せれば大した物だが。
・・・・・・私の肉声を聞いても発狂しないのはその所為か。
カタルマリーナの声を聞いた者は尽く死に絶える。
その摂理から逃れ得る者は、声を聞くことのない者だけだ。
どんなに耳を塞ごうと、僅かな振動は必ずその耳朶に届く。それが如何に小さい影響であろうと、瞬時に拡大して狂想を脳髄に奏でるのが彼女の能力であり性質だ。
しかし、脳の音を認識する器官が機能していなかったとしたら、それは無効化される。
初めてだった。自分とまともに対話して気が狂わなかった者は。
並んで横倒しに倒れた樹に腰掛ける彼女は、さっきから笑顔のままこちらを見ている。
耳の聞こえない彼女には自分の声は届いていない。
しかし彼女には、自分の『心の声』が聞こえるという。
テレパス、というよりは、エンパスに近い。
他者の心の中で発した声、すなわち言語化してある思考のみを選別して認識する能力、とでも言えばいいのか。
リグリィには生来、そういった能力が備わっていた。
耳が聞こえない故に発達した能力なのかとも思ったが、どうも違うらしい。
彼女にそのような特殊な能力が備わっていた為に、不要な聴覚が退化した、というのが正しいのだという。そんなことがあるとは信じられるものではないが、情報源が彼女一人なので確認のしようが無い。第一彼女が自分に嘘をつく必要性が見当たらないので、信用しておくことにした。


始めの内、カタルマリーナの歌声は密やかだった。
細い声は隣を気にして響く事無く、緊張に押さえつけられた音律は乱れを見せる。
隣に人がいる。それだけの事実が、彼女に僅かな緊迫と絶大な恐怖をもたらす。分かってはいても、隣の人間が死ぬのではないか、その疑念が拭えない。
戦々恐々として歌声はますます小さくなっていく。
風の弱い今日、草木はしなり、日没につれてあたりの光は消えていく。
歌姫の視線が落ち、そっと瞼が落ちようとしたその時。

隣で、調子の外れた妙な音が聞こえた。

驚愕に目を見開く。隣では、リグリィが胸を張って叫ぶが如く大きな声を張り上げていた。
とんでもなく、外れた音で。
呆けていると、リグリィはこちらを見遣り、片目を一瞬瞑って見せる。
カタルマリーナに圧し掛かっていた重圧が、一気に消し飛んだ気がした。
カタルマリーナは、再び咽喉から声を絞り出す。
旋律は低く。腹部から舌先まで通り抜ける波は森中に響き渡り、それでも音調は確かに、隣の少女のずれた音を導くように巻き込みながら、高らかに歌い上げる。
空気が軽い。瞬時に吸い上げる空気にまるで重さが感じられない。大地が、木々が、あらゆる物が軽やかに振動する。
まるで周囲にあるもの全てが、彼女の声を響かせる為に存在しているかのようだった。
歌う。口を開いて。
歌う。頬を引いて。
歌う。顎を引き下げて。
歌う。前を見据えて。

そうしていつしか、彼女の顔には快活な笑みが浮かんでいた。
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